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コクリコ坂からを観てきたよ。

やっぱり横浜生まれとしては気になる『コクリコ坂から』を観てきました。

モデルになった坂は何処? なんてググッてみると色々出て来ていたけれど・・・映画を観れば即に解るよ。
基本は“代官坂”だと思う。
自転車二人乗りのシーンに映る花屋の看板“花”は見間違う事は無いですよね。(笑
二人が自転車で到着した商店街は元町ではなく、何処かの下町商店街だなぁ

ちょっと当時の写真が無いかな? なんて探してみたんだけれど、
既にブログに載せていたみたいです。

元町プール入口のコピー

後輩“和太郎”からせしめた写真なのですが、映画より少し経った時代の代官坂下の写真かな?
この写真の少し右側に“花”の看板が見えるはずなんですが、残念!(笑

写真のなかで気になる“ヒル薬局”は最近かんべえさんが写真を載せてくれています。

学校に行く途中の坂は、桜道が想い出されたけれど・・・

映画の舞台となった時代は、残念ながら私はまだまだ寝小便を垂れていた小僧の頃でしした。
きっとkinchan60さんや、NANTEIさんは涙をこぼすであろうと想像していながらの鑑賞。(笑
道理で団塊世代の観客の多いこと!  これは横浜限定の現象かしら?


評価って様々だと想うのだけれど、大人が観れるアニメも出て来たんだなぁ
なんて勝手に思ってしまいました。
横浜が舞台だけれど、港街や下町が在る処なら普通に見れる景色を取り上げていて、
これもまた日本の“原風景”ぢゃないのかな?
などと、想いながら誰が観ても共感できる作品だと拍手を送りたいしだいでございます。

そうそう!  ラストに近い処で三輪自動車から降りるシーンは、
我が地元の屏風浦の昔の風景ではないかと・・・汗

まぁ  その位 誰にでも何処か懐かしさを感じさせて下さる映画でございます。

kinchan60さん必見ですよ! 市電も出てくるし!(笑

w 059-2


名称未設定 11のコピー

(上二つは共に市電保存館よりのパクリであります。 みんな!市電保存館に行こう! (^^)v )


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2011-08-21 : セピアな横浜 : コメント : 15 : トラックバック : 0 :

個人的記憶 中村町「仲乃湯」

仕事の帰り路 フッと中村町の「仲乃湯」に久しぶりに行ってみようかと思い立ちました。
どのくらい久しぶりかというと、約49年ぶりであるのだけれど・・・

懐かしいと言うには、あまりにも朧気な記憶です。


父と母が結婚して新たに居を構えたのが中村町であり 私はそこで産まれた。
当時の一般的な下町新婚家庭には風呂は無くて 銭湯のお世話になるのが普通であったようです。


IMG_1064-2.jpg

実は 三歳くらいの私が最後に「仲乃湯」に行った49年前の晩に わが家は火事により家を失ったのです。
母と「仲乃湯」に訪れている間に 近所で出火した火事はわが家も呑み込んだらしいのですが、
当然 私の記憶には詳しい事は残っていません。

風呂屋で家が火事だと聞いた母は、“ねいや”さんに私を預け家に急いで帰ったと聞いています。
当時は、赤ん坊を連れた母親のために銭湯には“ねいやさん”が居て、
母親が風呂に入る間 赤ん坊の世話をしていてくれたらしい、銭湯内限定ベビーシッターと言ったら早いかな?

幼い私の記憶に残っているのは「仲乃湯」の窓から見えた黒い煙・・・
高窓にモクモクと立ち上る黒い煙が鮮明に頭の中に焼き付いていました。
本当の記憶なのだろうか? なにか違う場面と長い年月の間に交差してはいないだろうか?
そんな疑問は何時も持っていたのですが・・


IMG_1065-2.jpg

風呂屋さんってどこも似ているよね。(笑
でも・・・・屋外の半露天風呂は、昔 鯉が泳いでいた筈だと変な確信を持ってしまったり、
家の在った方向に窓が開いていて・・・・なんだか煙が見えたような気がしたり。
もう一つの記憶、“真っ黒に焼けた僕の財産、オモチャの箱”も目の前に浮かんできました。(笑


車で来てしまったので残念ながら呑まずに帰ります。
次回は風呂にユックリと浸かった後は、近辺の立ち飲み屋などでボンヤリと時間を過ごしてみようかな・・・




何故か、最近“昭和”が懐かしくてしかたがありません。

2011-01-26 : セピアな横浜 : コメント : 10 : トラックバック : 0 :

「三吉橋」 1981年『市民グラフ ヨコハマ』

先日 三吉橋の記事を思いつきで載せてしまった。

もう少し煮詰めてから記事にすれば良かったと反省しつつ、
そう言えば、古い市民グラフに懐かしい写真があったはずだとふと思い出した。
歳取ると 大事なこともコロリと忘れてしまう困ったモンだ

探してみよう・・・

IMG_5748-2.jpg


有った!


IMG_5746-2.jpg

また後日に載せても良いかとも考えたのですが、ここでアップしておきまましょう。

私的な日記の中での古い雑誌の紹介という事にしておいて下さい。(笑


名称未設定 1のコピー


当時は親柱の金属部分が無いようですね、石畳が趣あって良い感じであります。

写真に写っていませんが、川には多くの舟が浮かんでいたと思います。
そこまで降りていくための足場が左端にありますね。

立て直し前の「三吉演芸場」が懐かしいです。
その建物の一階右端・・・


名称未設定 1のコピー

元祖「草津温泉」

お風呂屋さんが在りました。  私は中の記憶が・・・・・無いです。
この辺りを、今度父母に聞いてみようと思いますが、どうだろうか? 覚えているかな?


30年前の三吉橋・・・・どなたか覚えていますか?


2011-01-14 : セピアな横浜 : コメント : 4 : トラックバック : 0 :

港から遠くを見ていたよ。

名称未設定 1のコピー

1984年発刊 「市民グラフ ヨコハマ」 No.49 の中で紹介されている“絵葉書”です。
ブログに載せるのは、厳密に言えば(厳密でなくても・・)著作権に触れた行為だなぁ~(汗
しかし・・・市の文化を知らしめようする意図をくんで頂いて許してもれえないだろうか?・・・(大汗

実はこの絵葉書を見た時に、何故だかグッ来るものを、
そう、港から“遠くをのぞき込む子供”の後ろ姿に、なにかを感じてしまったのです。
(どうしても紹介したくて、オリジナルを探し 購入したかったのですが・・・売って無いし。
しかたなく雑誌の紹介をかこって・・・・載せました。)




IMG-2.jpg

20数年前 山下公園から港をのぞき込む 愚息カツオの後ろ姿。

カツオだけでなくて、横浜に幼い頃、縁があった人なら経験があると思う・・
港から遠くを見る気持ち・・・どこか遠く世界に繋がる海・・そんな“路”が見えたあの頃。

嗚呼  もう爺さんになると見えないかなぁ   

横浜山下公園は何時も私たちに遠い世界を感じさせてくれました。
横浜は“世界”に近い処にあるような、そんな気持ちで過ごしていたのよ。

やっぱり、この公園 山下公園が好きだ。 


IMG_3952.jpg


夜景をもう少し上手く撮れるようになりたいな・・・・


2010-12-23 : セピアな横浜 : コメント : 18 : トラックバック : 0 :

埋め立て前の汽車道。

“市民グラフ ヨコハマ”という雑誌がありました。
よく銀行とか役所の待合室に置いてあった気がします。


埋め立て前MMのコピー

そんなグラフ誌の1981年誌の中に このような写真を見つけました。
(30年前の雑誌ですので著作権の問題は・・・有ります。
しかし市民グラフという市民共有の中での公報と勝手な解釈をさせて頂、
掲載させて頂きます。 諸方 問題のある時は連絡を頂きたいと、お願いいたします。)

この写真が・・・・ジィーンときてしまって・・

昔(MMの埋め立て前・・) 桜木町の駅を海側から見る事は無かったのだけれど、
何故なのか、妙に当時の桜木町のホームで渋谷行きの電車(急行)や、
東京から帰り付いた、安心感を思い出してしまうのです。
当時の私は桜木町から渋谷へ、そんな通学の道としてこの駅を使っていました。


そんな場所を“確認”してみようと、夜の散歩に出掛けてみました。

>港1号橋梁~港3号橋梁の3橋梁は、横浜市認定歴史的建造物に認定されている。
歴史有る建造物なんですね~(笑

IMG_4335.jpg


たぶんこの辺りから写真なのかしら?

MMの汽車道ってずいぶんとオサレになりました。
でも、どうなのかな? 
オサレでない、生活感が押し寄せるなんとも言えない・・・
そんな“埋め立て”前の景色が何故か頭をよぎるのです。


桜木町・・


不思議なのですが、“お洒落な写真の中”に入りたがる“恋人達”は多いのですが、
“素敵な景色”を見渡す“処”には・・・・・何故か、カメラを持ったオヤジが居るのです。

意外とオヤジ達の感性というのは、外観と裏腹に“ロマンチック”なのかもいれません、
夜の闇に隠れながら、なんと多くのオヤジが
カメラと三脚を担いで、MMの暗がりを徘徊しているかと言う現実を初めて知りました。
(あっ! 女性も思った以上に写真を撮りにきているんですね・・・)

港街の 明るい素敵なランチの席には、女性が似合うのですが・・・
どことなく、誰とも知られぬ・・そんな席は・・・・・・
ほんとうは、徘徊をくりかえす“オヤジ”が良く知っているのかもしれませんよ~(笑

“徘徊オヤジ”に幸あれ!






2010-10-16 : セピアな横浜 : コメント : 14 : トラックバック : 0 :
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プロフィール

いその爺

Author:いその爺
横浜在住
五十路で早くも爺さんになちゃった。
“食”“写真”“郷土”が好きです。

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