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浜チベットの原風景を貴方は知っていますか?

中村町で生まれた私は、その後平楽に引越し 幼稚園に入園前に引っ越すことになる。
そこは。。。
最近の“横浜ブログ”を拝見しておりますと、「浜チベット」と紹介される事の多い、相鉄線沿線。

嗚呼! 僕の 野沢屋お好み食堂! 不二家! 別れは辛い。。。。。(涙

「浜チベット」といわれてはおりますが。。。
どの程度チベットか知る方は少ないと思う!

「浜チベット」の原風景を紹介したいと思います。
40数年前の写真です。

お断り致しておきますが。。。横浜市内ですから!




瀬谷


横浜市の田舎でスクスクと育つ“僕” 
家から歩いて10分位の所
品行方正な横浜出身田舎ッ子として育ちました。



瀬谷3

スケッチをする僕。お絵かきが好きでした。
奥の森などで“松ボックリ”など拾って風呂の薪に使いましたよ。
45年ちょい前は風呂はまだ薪を使っている所も多かった。


瀬谷2

チャンバラごっこをしております。
「隠密剣士」 「忍者部隊月光」 なんかを憶えておりますよ。

ここで遊牧はしておりませんでした。 念のため。。。

瀬谷4

当然 畑や田んぼも多くありました。
茅葺屋根の家も珍しくは無かったなぁ~


瀬谷5

遊びはザリガニ、カエル、虫取り。。。
近所のお兄さんに連れられてセリやウド、山イチゴ、山芋、なんかも取りにいった。

もう一度確認いたします。
横浜市内ですからねーーーー!   浜チベット頑張れ!


幸いなことに。。。
祖母が中村町、弘明寺など横浜下町に住んでおりましたし、
親戚が、不二家や 野沢屋お好み食堂に勤めておりまして、
ペコちゃんや御子様ランチとは別れずに済みました。(笑
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2009-11-30 : セピアな横浜 : コメント : 14 : トラックバック : 0 :
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プロフィール

いその爺

Author:いその爺
横浜在住
五十路で早くも爺さんになちゃった。
“食”“写真”“郷土”が好きです。

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