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中華丼の歴史を少しだけ語らしてくれ!(笑

チョイと調べ物をしています。
その検証資料として”中華丼”を載せておきたいのですが、困った事にネット上に適当なものが見つかりません。
Wikiが使えると便利なのですが、案の定と言いますか今回も検証不可能な記事で使い物になりそうにないんです。

今日現在では>東京の中華料理店で昭和のはじめのころ、中華街の調理人が賄い飯として作ったもの[1]。東京では、汁掛け飯など御飯におかずを載せて食べる事が流行していた。<なんて書いてあるのですが、資料の”1”を見るとWiki豆知識とやらで、まったく資料提示がないぢゃないですか。
まったく。。。。。。
(この辺りの事は私が書くより”柴田さん”が詳しく書かれておりますで興味がある方はどうぞリンク先へ、このページ面白いですよ。)

仕方ないから自分でセコセコと資料を積み上げていくかぁ 
なんて気軽に思っていたら、これがなんとも困った事になちゃいまして。。。。
少しだけ中華丼を語らせてくだされ。(笑


IMG_4480.jpg


私が知る限り中華丼が活字として現れるのは、古川ロッパ大先生が『昭和日記』昭和9年5月2日に”来々軒の雲呑と中華丼を食った。”と言ったのが初出なのです。
それならWikiが検証資料無しに主張する”中華街の料理人が賄い飯で作った”ってより、来来軒の料理人が作ったて事の方がすっきりすると思っていたのですよ。
因みに「来来軒」っていうのはロッパ先生が『ロッパの悲食記』のなか「浅草を食べる」で震災前の浅草で来来軒に通っていた事を書いているので、私的にはラーメン発祥に続いて「来来軒」が中華丼まで持っていちゃうのかよ〜 みたいな少し悔しい思いでいました。(笑

そもそも、醤油ラーメン元祖ならまだしもシウマイやらワンタンまでは欲張りすぎだろう!
その二つは横浜っ子としては簡単には手放すもんか!東京にはやらん!(笑

おっと少し熱くなちゃいました、これで終わるわけぢゃありません。
じつはここからが面白いんですわ。

昭和3年のレシピに”中華丼”を発見しました!
しかし、これがどう見ても現在の”中華丼”とは思えないんですよ。焼飯の元祖?って感じかしら?
まぁ 参考資料なのであまり突き詰めなくてもよいよね。。。。。。。

とりあえず載せておきましょう。

昭和三年発刊『一年中朝昼晩のお惣菜と支那、西洋料理の拵え方:美味しく出来る家庭向き』

>五一  中華丼(にくいろいろごはん)五人前

材料 飯 五人前 豚肉 三十匁 タケノコ一本 長葱 二本 蟹肉 二十匁 青豆、醤油、ラード

拵え方  先づ豚肉は細かく切り、筍も賽の目に切り長葱は五分切りとし、青豆と共に鐡鍋、(フライパンでは飯をいれる故小し)にラードを煮溶かしたる中に入れ充分油炒めとします。
 而して後醤油少々を加へ味をつけ、飯を入れてスパテルにて手早くよく油炒りに炒りつけ、最後に蟹肉を細かく解きたるを入れて掻廻し、丼に盛り箸をつけて供します。<


あはは。。。。これ困ったレシピが出てきちゃったよね〜   
となりに炒飯が載ってるし知らないわけぢゃないでしょ? 丼に入れて箸で食え!ってところがミソなのか?
こりゃ中華丼研究者がいたら泣きそうな文献だよなぁ(笑

って事で本日は結論なし! とりあえず忘れてしまいましょう!






名称未設定 1-2


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2015-11-10 : 食本と昔レシピで味つけね : コメント : 12 : トラックバック : 0 :
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非公開コメント

面白いです
ひとつ前の「蟹粉湯」も見ると、恐らく蟹は蟹缶を使うのですね。
贅沢だなぁ。
確かに、レシピを頭の中で組み立ててみたら、炒飯が出来上がりました(笑)
すると、次に載っている揚州炸飯が気になってしまいますね。
2015-11-11 03:33 : ぶらくり佐藤 URL : 編集
Re: 面白いです
> ぶらくり佐藤さん

過疎化の進む拙blogの中でも荒涼としたカテゴリー"ナポリタンの謎。。"を引き継ごうとする寒冷カテゴリーに暖かいコメントをありがとうございます。(笑 ヽ(^-^ )

蟹缶 流石の着眼点!
食歴史&レシピの面白いところは時代背景に踏み込むと現れるのかもしれません。
様々な論争があるようですが蟹缶は労働基準の歴史とも絡んでいます。(笑

https://ja.wikipedia.org/wiki/蟹工船

ああ!職場に蟹缶並べて抗議したいです。
休みをよこせ! (ToT)


2015-11-11 10:38 : いその爺 URL : 編集
No title
考えた事が無かったな 中華丼ね ウ-ン
五目餡飯の変形かと思ってましたよ、言われてみればル-ツは有りわけだな 我が家のお袋じゃないのは間違いないな
子供の頃 誕生日はカレ-か中華丼らしきものだったが・・・・
2015-11-11 16:58 : EGUTI YOUSUKE URL : 編集
No title
中華丼って、無償に食べたくなります(今も)(笑)
醤油ベースと塩ベースがあるじゃないですか!
圧倒的に醤油ベースが好きなんですけど、・・・。
木耳が入っているとテンションあがります。
2015-11-12 07:31 : koh URL : 編集
No title
「賄い飯」説には、少々疑問を抱いております。
賄い飯が、こうも、一般に広がるもんでしょうか?

逆に、中華丼とちゃんぽんの「根」は、同じ処にあったのではなかろうかと。

まず、沖縄の「ちゃんぽん」
野菜炒めを御飯に載せた物です。ちゃんぽんと言うより、チャンプルーですね〜
長崎同様、福建料理の影響ではないでしょうか?

明治以降、多くの中国人が、日本に留学しました。
神田などに、そういった留学生がたむろする店が幾つもあったと聞いております。

長崎「四海樓」の「ちゃんぽん」よろしく、留学生が安くてボリューム満点の食事を求めたのではないでしょうか…

福建料理の「野菜炒め飯」から、広東料理が融合して、トロみのついた餡掛け飯に…
客席で、留学生が食べているのを見て、日本人が注文し始めたと考えた方が、筋は通ると思うのです。

白菜は、明治以降に栽培が始まって、昭和になってようやく一般に使われる様になったとか…

屑野菜炒めの餡掛け飯に白菜が入って、現在の「中華丼」になったのではないでしょうか?
2015-11-12 14:34 : 淡々斎 URL : 編集
Re: No title
> EGUTI YOUSUKEさん

お母様もしかしたらハイカラな方でしたか?
洋行したとか横浜もしくは東京辺りで若い頃にお過ごしになったとか。。

チャプスイぢゃないかと推測させていただきます。
そんな歴史を今探しているんですよ。(笑
2015-11-12 20:14 : いその爺 URL : 編集
Re: No title
>kohさん

私は塩ベース派なんですよ。(笑
ここが面白いところでして、私の底には広東の味に影響された地域性があるんだと思うんです。
東京にいくと醤油味に変化していくと思うんです。

ここが。。。今の課題。(笑
2015-11-12 20:18 : いその爺 URL : 編集
Re: No title
> 淡々斎さん

さすが! ちゃんぽんは押さえていると見受けさせていただきます。
しか〜し! 中華丼は案外と簡単でワールドな世界を持っているんだと思うのですよ。
そして、もっと石を投げられそうな事を予定してます。(笑

証明は難しのですが、思い切り言ってみるのも良いかも?なんて思っています。
でも。。。もう少し積み上げないと興味も持っていただけない戯言になりそうなので。。。
まぁナポリタンで石を投げられるのには慣れていますから大丈夫。(苦笑
2015-11-12 20:26 : いその爺 URL : 編集
No title
母は横須賀にいたんですよ、叔父が職業軍人で戦艦に乗っていたのでね 叔母とはだいぶ年が離れていたので従妹が母位な年齢でしたよ 昔の長女と末っ子ってそんなもんですよ
だから母の学校も横須賀だったんですよ
2015-11-13 09:36 : EGUTI YOUSUKE URL : 編集
No title
今晩は♪ 中華丼は確りと食べた記憶がないので、ず~と考えていました。味は食べなくても分かりますよ。
中華のブログを彼方此方徘徊しましたが、納得するものにぶつかりません。
後続記事が楽しみです。
2015-11-13 17:54 : 相子 URL : 編集
Re: No title
>EGUTI YOUSUKEさん

ああ。。。やはりそうでしたか。
お誕生日に出すなんて美味しいチャプスイを召し上がっていた証ですよ。
日本にとってチャプスイほど幅広く奥行きがある中華料理は珍しいと思っています。
食はレシピだけではなくて時勢を写しだします、でも其処を上手く書けません。

しっかり調べてご報告できるように頑張ります。
2015-11-13 22:04 : いその爺 URL : 編集
Re: No title
>相子さま

そうそう!味はわかるでしょ? だって名前は違っても元祖を食べているはずですもの。(笑
中華丼なんて名前ぢゃなかったし、大きな歴史の航海をしていると思うのです。
これはナポリタンも同じなんですよね。

文才がないのが悔しい!(笑
2015-11-13 22:20 : いその爺 URL : 編集
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プロフィール

いその爺

Author:いその爺
横浜在住
五十路で早くも爺さんになちゃった。
“食”“写真”“郷土”が好きです。

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