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久しぶりに「浅見本店」で角打ち

中村町で生まれた私には、子供の頃に近所の酒屋の前で大人たちが酒を呑んでいる姿が強烈な記憶として残っています。

それは横浜橋商店街を過ぎ、三吉橋を渡った辺りだっただろうか?  酒屋の店頭に酒のケースやらに腰掛けた多くの人たちが火をくべたドラム缶(いや、一斗缶だったかもしれないが。。幼い私には大きなドラム缶にみえた。)の周囲に腰掛け宴を繰り広げていた姿です。

私にはメラメラと燃える炎に照らされる赤鬼たちが狂乱を繰り広げているように感じられ、それは恐ろしい景色でありました。
私の手を引いて歩いていた母は「あんな大人になちゃっちゃだめよ。」と優しく説いてくれたのを今でも憶えています。
多分。。。似たことを以前にも書いている気がするけれど。。。まぁよいか。(笑

あれから長い月日が経ち、私の記憶もその後の経験などから色付けされてきました。

先ずは、赤鬼たちは近所の商店街から買い集めた肴を美味そうに食べていた、肉屋からは店頭で焼いていた焼鳥、八百屋から大根やキャベツを買い丸かじりする強者。まだ肉屋の店頭ではドラム缶でチャシューを焼いていたはずだから、チャシューで一杯なんて洒落た赤鬼もいたかもしれない。微かな記憶をもとにした自己弁護の世界ではずいぶんと彩溢れる景色にすり替えてしまったようである。

そもそも酒屋の店頭で呑む事を「角打ち」と言うと知ったのは10年も前くらいだったと思う。
諸説あるようですが、酒屋の店頭で升で量り売りしてもらい、呑むところから「角打ち」と称させる様になった、てのが個人的にはスッキリするのだが、酒屋の角で呑んでいたからなんてのも有って良いんぢゃないかとも思ったりするんだよね。

そこで、最近流行の「立ち飲み」と似て非なるお作法は多々ある様に思えるのですが、本日は個人的共通のお作法を幾つか挙げてみたいとおもいます。

さらっと入ってサクッと呑んで、長居せず、酒に流されず、隣人とは良き距離を保て。独り若しくは二人を楽しべし。

これ個人的な私のこだわり。(苦笑




久しぶりに「浅見本店」さんで一杯呑んだわ。
なんとも。。。。。。落ち着く。 多干渉ではない、無関心でもない、良い距離感を当たり前に残してくれています。
そうそう。。。。こんな感じが独り呑みの楽しさ。

母上。

ご心配なされていた”あんな大人”になってしまった事は重々ご承知の上で苦笑いしながら、お赦し下されていることと思っております。
店頭で火を焚く思い切りの良さもなく、呑みすぎて青鬼になるのが精一杯の業なのでご安心くださいませ。
貴方の息子は分別ある大人に育ちましたよ。


は~ぁ? なんと、情けない奴と申されますか??!   なんと!赤鬼の方が好きですか?
。。。そうなんだ。( ̄。 ̄;)

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2016-12-05 : 横浜橋 伊勢佐木町付近 : コメント : 12 : トラックバック : 0 :
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今川焼
地元同世代懐古趣味リアクションをお許しください。私は赤鬼たちを両親から行くなと言われていた寿町で見てました。赤いラップのソーセージをかじりながら飲んでいた姿が思い出されます。その日の港の仕事にあぶれた鬼たちだったんでしょうね。木賃宿のたくさんあった寿町や松影町の方が酒の肴はしけてたんでしょうか、焚き火も一斗缶規模だった気がします。怖い感じの記憶だったはずですが、いまや懐かしさに変わってしまいました。
2016-12-06 05:45 : 小松直行 URL : 編集
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2016-12-06 08:35 : : 編集
角打ち
30代の頃、仕事帰りに仲間とよく角打ちの梯子をやっていました。
当時は「3分以内で飲むこと」みたいな張り紙が出ていたと思います。
長居は禁物なんですよね。
2016-12-06 08:41 : 酔華 URL : 編集
角打ち子供の頃は当たり前に有ったな
近所の爺さんなんか毎日夕方になれば酒屋に来て飲んでいたよ、店先じゃなくて奥にあったな 焼酎・日本酒でしたよ つまみは別個にソ-セイジとか煮干しとかいろいろでやってましたよ
大きな会社の前の酒屋は終業時にそれは混んでましたよ、みんな汽車・バスで通勤していましたからあれが楽しみだったんだろうな
車社会になって飲酒運転が煩くなると同時に無くなってきましたよ
2016-12-06 10:14 : EGUTI YOUSUKE URL : 編集
今日は
私は全く知りませんでしたが、見ますと良い感じですね。
田舎ではそういう店はありませんし、父は飲みませんしね。
親し友人は若い時マス酒大好きで、縁に塩を載せて飲むのです。
2016-12-06 10:34 : 相子 URL : 編集
ん?
つまりお父様は赤鬼の方だった…というお話?

幼い頃は新興集合住宅住まいだったので
大人になって横浜に越すまで角打的な光景を知れませんでした。
2016-12-06 20:28 : ミサイル超獣 URL : 編集
To 小松直行さん
コメントありがとうございます!ヾ(^v^)k

私も寿町は行くなと言われていました。
それでも好奇心から幾度か潜入してみましたが、やっぱり怖かったです。(笑
寿町の路上焚き火は近年まで残っていましたよね。

今では福祉の町に変貌したと言われ、↓の酔華さんに寿町角打ちに連れて行って下さいとお願いしているんですよ。
まだ。。。一人だと少し怖いです。(苦笑
2016-12-07 13:18 : いその爺 URL : 編集
To 酔華さん
ご指摘ありがとうございます!
それにしても。。。3分は厳しいですよね。(笑

↑でも話題が出ています、寿町角打ちツアーお願いします~
待ちきれなくて単独潜入してしまいそうです。σ(^◇^;)
2016-12-07 13:21 : いその爺 URL : 編集
To EGUTI YOUSUKEさん
考えてみますと、酒蔵経営の酒屋(小売り店舗)で呑むのも角打ちですよね。
若い頃、電車旅ですと杉玉を下げた酒屋を見つけると喜んで一杯飲んだものです。
車で出掛けるようになり機会もなくなりました。

同じなんですね。
2016-12-07 13:27 : いその爺 URL : 編集
To 相子さん
升酒は塩ですね!
縁に乗せ一緒に呑むも良し、左手の人差し指と親指の間の甲に塩を乗せ、舐めながら呑むのも良しです。(笑

今では血圧が心配で。。。(T^T)
2016-12-07 13:30 : いその爺 URL : 編集
To ミサイル超獣さん
父はどちらかと言うと気取った人なので、戦後物資が無い時代を除けば、立ち飲みする人では無かったです。(笑

昔は貧しかったから一升瓶の小分け、計り売りしてくれる店があったんですよ。
煙草の小分け売りも在ったそうですが、これは私は未経験です。(笑
2016-12-07 13:36 : いその爺 URL : 編集
いそ野爺さん 再コメ
戦後の煙草の一本売りは仲間同士ですね。
モク拾いと言って道路に落ちている吸い殻を、杖の先に釘のようなものをセット。
それで煙草を刺して拾い集め、再生して売る「しけモク」と言う煙草もありましたよ。
私古いでしょ。
2016-12-07 14:44 : 相子 URL : 編集
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プロフィール

いその爺

Author:いその爺
横浜在住
五十路で早くも爺さんになちゃった。
“食”“写真”“郷土”が好きです。

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