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暗い街を見て思う事。

横浜の街を歩くと、とても暗い。
スーパーも暗い灯りに照らされて空になった棚が虚ろな雰囲気を漂わせる。
沢山の方が節電への協力を惜しまない現れだと思う反面、パニック買いの爪痕を見る気がします。
暗い景色に不安を感じる人も居るのだろうと、勝手に考えているのですが・・

昭和30年代に産まれた私は 上手く表現出来ないのですが、暗い街に何か懐かしさを感じてしまうのです。
“そうそう・・昔の街は暗かったよなぁ・・”
仕事や学校から家に帰る時の、
なんとも表現のできない感覚を思い出してどこかドキドキとしているのです。
小さな頃 母に「暗くなる前に帰っておいで!」 と言われたにも拘わらず、
遊びすぎてしまい、帰宅を急ぐ時のなんとも言えない“あの気持ち”・・・

思い返せば、震災前の日本は、いや都会は明るすぎたのではないのか?
競うように並んだネオンや看板が、昼間と見間違えるような時間を提供していた、
夜が暗いのは当たり前の話なのに・・・
環境への負荷を何処まで考えていたのか、今一度考えるべきではないのか?


そんな事を考えていた先日 長男カツオ夫婦が勤め先が自主休業とかで、震災後初めて我が家を訪れた。
先ずは、被災された方に手を合わせながらも互いの無事を喜び合いました。

呑みながら、カツオの話を聞いていますと やはり今後の仕事や収入の不安を訴えます。
新婚所帯 大黒柱一年生としては無理もない事であります。
そんな息子に親父として言ってあげられるのは、
“するべき事を果たし、出来る事を成しなさい。”という至極当たり前の事しかありませんでした。

若夫婦の帰った後に、“するべき事を果たし、出来る事を成しなさい。”という言葉を
自分に当てはめると どうなのだろうかと? ボンヤリと考えてみました。

今の私が、“するべき事”は、先ずは“仕事、今の勤め”であろうと思う。
それでは“出来る事”はなんだろう?
考えるに、節電、募金・・・・

なんと少ないことか・・・



こんなに少ない事なら笑って受けなくてはいけないのでしょうね・・
“するべき事を果たし、出来る事を成し”後は淡々と生活していくべきなのだと感じるのです。
被災された方に手を合わせながら、今まで通り 出来うる限り家族との食事を楽しみ、
友人との再会を喜び酒を酌み交わしていこうと思うのです。

多くの商品が流通してるにも拘わらず、不安からの品不足を起こす私たち、
大きく振れた振り子は次は真逆に振れていくのでしょうか?
次に不安が生み出すのは“買い控え”という不景気なのでしょうか?

“暗い街”は私たちに不安を与えるのか?
いいや! 私は“暗い街”を私たちの誇りと思いたい。
失われた電気の代わりに“出来る事を成し”残された生活を明るく照す道標としたいのです。
無事でいる私たちが 出来うるかぎり平常な生活を明るく保つのが復興への大きな力となると思のです。

被災された方にお見舞いを申しあげながら、
私たちが、明るい日本を保ち少しでも早く被災地にも灯りが届くことを願って止みません。



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2011-03-18 : 未分類 : コメント : 12 : トラックバック : 0 :
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安定した電力が供給されている国は世界的にも少ないと聞きました。
その中でフランスはネオンサインなどの派手な看板は禁止されているとか・・・
東京・大阪などは、夜でも真昼の様に明るいですもんね。
日本の主要都市に夜はありません。
この震災を機に、考え直す必要があると思います。
電気やエネルギーはあって当たり前ではないと、思い知らされています。
そして、東と西の周波数を統一すべきだと、切に思っています。
2011-03-19 07:20 : はまぴー URL : 編集
オイラに出来る事は普段の通りに生活する事だけ。
ちょっとの節電とちょっとの寄付をそれに足す事しか出来ない。
あと・・・ちょっと元気にしてようと思ってます。
(・∀・)ニヤニヤ

ブログでも書く予定ですが、昨日ホルモン屋にいったら飲んでる時に停電w
七輪と蝋燭の灯りは優しい感じで店に居た人達にも好感触だったみたいです。
意外と暗くても楽しめるんだなぁと思いました。
2011-03-19 12:31 : ニーゲム大戸木 URL : 編集
“昼間と見間違えるような看板やネオン” 正直、必要ありませんものね
昨晩も某居酒屋チェーンはビル丸ごと・各看板すべてに煌々と灯りが。。。
隣接するチェーンの飲食店は “閉店中?” と思うくらいに節電をしていたので
とーっても対照的でした ( ̄▽ ̄;)
2011-03-19 17:58 : 小径のヌシ(^-^) URL : 編集
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2011-03-19 22:35 : : 編集
>はまぴーさん

関東は、これから嫌でも大規模な節電を避けて通れないそうです。
たとえ電力が元に戻っても今までと同じ道は歩みたくありませんね。

暗い横浜はなかなかエキゾチックです。
落ち着いたら、港の写真を撮りに行きたいと思っています。
2011-03-20 13:08 : いその爺 URL : 編集
>ニーゲム大戸木さん

おっ! ホルモンですか?
だいぶ体調が良いようですね。
良かった良かった!(笑

七輪の灯りで飲むなんて、オサレですわ。

私は出来る事が少ないですが、長く続けて行きたいと思っています。
元来 三日坊主でありますが…(--;)
2011-03-20 13:22 : いその爺 URL : 編集
>小径のヌシさん

そうそう! 良い私的を頂きました。
じつは私も同じ事を感じておりました。

節電に非協力的な所って、なんと言いますか、理念を感じませんね。
自分の事しか考えていないのかな?

和民はきっと協力していますよね。(笑
2011-03-20 13:30 : いその爺 URL : 編集
>鍵コメさん

企業に勤める友人の話では、今回の節電は長~い期間続くそうです。
節電を常にしなくてはならないかも…

現在の家族が各々の部屋で過すスタイルではなく、
灯りのついた居間に家族全員が集う、そんな形になれは良いと思ったりしています。

当然ながら食卓を囲み話が弾むの、明るい家庭が大事ですよね。
ならば…美味しい御飯が良いな~(笑
2011-03-20 13:49 : いその爺 URL : 編集
企業はともかく、普通の生活なら、この節電の生活もそんなに悪くないですね。 なんて思うようになりましたよ。
今まで、使いすぎていたんだな。 って。

ガソリンがなくなって、歩いて買い物に行くと、近くにもちゃんとスーパーがあってなんでも売っていることに気がつきました。 少しでも安く買おうとガソリン使って生活していたんですね。 
2011-03-20 17:09 : ゴルッテリア URL : 編集
昭和30年代
三丁目の夕日がブームになりましたが、
これからは現実にあの時代の生活をしなければならないと思います。

日が落ちれば暗闇、
よくあった停電、
汲み取り式の便所に浅草紙、
団扇と風鈴で涼をとった夏、
冬のカイマキ、湯たんぽ、
ちゃぶ台を皆で囲みラジオを聴く夜…
私の昭和30年代はこんな感じでした。
2011-03-21 09:22 : 酔華 URL : 編集
>ゴルッテリアさん

考えてみますと、車を使って買い出しに行く事が、地元の商店街の閑散と状態を産出していたんですね。(_ _)

私達年代は、まだまだ電気やガソリンが貴重な時代に育ちましたから、さほど動じない気がするのですが若い方はどうなのでしょうか?

復興に向かう道のりで
忘れずにおきたい問題だと思います。
2011-03-21 10:15 : いその爺 URL : 編集
>酔華さん

まだ企業の工場が可動していない状態で、これだけの電力不足ですから…
東電のいう4月中までには解消したいという発言は、無理があると思います。

日本人のモラル、人情の低下が叫ばれる昨今、優しい時代であった“昭和”が懐かしくてしかたがありませんでした。

しかし今回の地震は私達から多くの大事な物を奪った代わりに、まだまだ日本人の中には モラル、人情、勇気が健在な事を示してくれた気がします。

皆で励まし合いながら、次の良き時代を作って行きたいですね。

ただ…温暖化の進む今、冷房が使えないのは辛そうだなぁf(^_^;
昭和は涼しかったですよね。(笑
2011-03-21 11:56 : いその爺 URL : 編集
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プロフィール

いその爺

Author:いその爺
横浜在住
五十路で早くも爺さんになちゃった。
“食”“写真”“郷土”が好きです。

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