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スパゲティーイタリアンとミートボール。

年明けから少々へたれていたけれど、もう五月なんだよね。そろそろ目を覚まさなくちゃ。(苦笑
本日は1984年発刊、本間千枝子さん著『アメリカの食卓』から少々気になる記述を載せておきます。

これは後に引用文献として利用したいと思う事、そして戦前日本の洋食文化がフランス、イギリス一辺倒とは限らないんぢゃないか?  って私の疑問の道しるべとして利用しようって算段ですわ。


この本の中には、私が知らないアメリカの食卓史が作者を通して語られています。
(興味がある方は以下稚拙な文を見るより、本書を読む事をお勧めいたします。)

>1533年、メディチ家のカテリーナがフランス王アンリ二世に嫁して、イタリアは料理文化の上からもルネッサンスの曙光をフランスに伝えることになった。  フランス食卓史発達の引き金になったのは、この時カテリーナについてイタリアからやってきた料理人たちと銀のフォークであるという。
 それから三百五十年以上を経て、イタリアから名も無き移民たちがアメリカに渡った。 彼らはヨーロッパの他の人々たちよりずっと遅れてやってきたのであった。だが年代を経るごとに彼らは各地に散り、その地に根をおろいてそれまでアングロアメリカ一辺倒に近かったアメリカの食卓に変革をもたらした。
 素材も料理も家庭の食卓も、今日のアメリカはイタリアを語らずして語れない。

アハハ。。。これだけ読んでも何の事ちゃ?だよね、このお話は前半は、
1533年当時 まだまだ粗野であったフランス、その後のフランス料理の原型をもたらしたのはイタリアなんだよ!と言うお話。(笑
ここで、“リヨン料理”なんかで検索すると楽しめそうよ♪

後半は、アメリカへの後期移民であるイタリア人がアメリカの食卓に大きな変革をあたえたって事。
(移民の歴史は1880年代から始まり、そのピークは1900年って事は押さえておきたいな。)


ここで私が先々引用に使いたいと思っているのは、「スパゲティーイタリアン」「スパゲティーミートボール」の話です。
大事なレシピをこの本から引用しておきましょう。

「聖ジェンナロさまの日の屋台」
>近頃では自分の怠慢を反省しつつ、カントリー・ソーセージのように、肉をただ丸めて焼いているので、子供たちはただのミートボールだと思っているようです。 とにかく、前菜にしても、野菜と炒めても、オリーヴ油で焼いてサラダに入れても、ミネストロネの中に刻んで入れても、便利で風味が濃いところが、庶民の食べ物だと思います。
 私のいいかげんなイタリアン・ソーセージは次のようにして作ります。 肉は豚の赤身二、脂身一の割合(子牛の肉のある時は全部一の割合)でそろえ、よく切れる包丁で細かく刻みます。これを手で回す昔ながらの挽肉機に一度かけ、刻みパセリ、黒胡椒、みじん切りのにんにく、タバスコ、唐がらしの細かくしたもの、タイム、ベイリーフをもんで粉にしたもの、オレガノそしてできれば青いベーシルをパセリより大量に刻んでいれ、マルサラが手元にあればほんの大匙一杯ふりかけ、木のへらでよくよく全体を混ぜ合わせます。 容器にぴっちり蓋をして一、二時間以上冷蔵庫においてから丸めて焼きます。
 イタリア系の人たちはコーンミールをご飯のように炊き、その上に、このソーセージとマッシュルームをオリヴ油で炒め、トマトソースで煮たものをかけ、上から粉チーズを振って食べるのですが、このコーンミール、イタリアン・スタイルをポレンタと呼びます。

以上

ああ疲れたぁ~ (笑

さてさて、今回よくよく考えなくちゃいけないのは。。。。
このカントリー・ソーセージを使ってスパゲティを作ったら?ミートボール?イタリアン?ナポリタン?
さて、貴方はどれだと思いますか?(笑


本日は参考写真は無し、誤字脱字はお許しください。
明日も仕事だよ~  早く寝よっと!



2014-04-27 : ナポリタンの“謎”を追え : コメント : 10 :
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プロフィール

いその爺

Author:いその爺
横浜在住。

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